Jun 13, 2009

家庭教師の先生のおかげで、英語の成績が飛躍的に向上

家庭教師の先生は非常にスマートだ。私が中学校の時、英語教師の家に週に一度来てくれていた。当時、英語が苦手だったので、英語のことを何でも知っている先生は天才だと思っていた。その先生のおかげで、夏休みに1カ月で英語を理解できるように、英語の成績が5段階評価で2から4へ一気に上がった。家庭教師の先生にとても感謝しています。
塾講師の私は20年ほどしていました。非常にやりがいのあることだと思っています。子供たちの成長を直接見ることができます。ことができなかったようになった時はとても嬉しいです。また、中学3年生の進路指導をし、人生の岐路に立ち会えるのも良いものだと思っています。合格した時は涙を流して喜んでいる姿を見ると、塾講師としての使命を果たしたと考えています。
 サッカーの岡田武史・前日本代表監督(54)が8日、大分県別府市で開かれた「フットボールカンファレンス」に参加した。16強の結果を残したワールドカップ(W杯)南アフリカ大会について「目標のベスト4を果たせず悔いを残したが、帰国したときのサポーターの笑顔に癒やされた」と改めて振り返った。

 同カンファレンスは、日本サッカー協会(JFA)が各地の指導者らを集めて定期的に開いている。岡田前監督は、日本代表のミーティング風景など貴重な映像を交えながら約3時間、指導法などを語った。

 W杯直前の強化試合で連敗したものの「(メディアなどが)たたいてくれたおかげで選手たちが集中し、無心になってくれた」と、焦りはなかったことを強調した。さらに、好結果を生み出す転機となったのは、コートジボワールとの試合後に行った控え組中心の練習試合だったことも明かした。「(それまで)中盤の動きだけ納得していなかったが、アンカーとか関係なく、5人を横一直線に並べたらフィットした。最後のピースが埋まり、(W杯初戦の)カメルーン戦は絶対いい試合ができると思った」と手応えをつかんだという。

 また、カンファレンスの冒頭では、6日にあったアジア・サッカー連盟選出の国際サッカー連盟(FIFA)理事選で落選した田嶋幸三・JFA副会長兼専務理事があいさつ。「残念ながら敗れたが、実績を重ね、また次に臨みたい」と話した。【大村健一】

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南アW杯:岡田監督の一問一答 日本代表23人選出(3/3ページ)
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 サッカーの岡田武史・前日本代表監督(54)が8日、大分県別府市で開かれた「フットボールカンファレンス」に参加した。16強の結果を残したワールドカップ(W杯)南アフリカ大会について「目標のベスト4を果たせず悔いを残したが、帰国したときのサポーターの笑顔に癒やされた」と改めて振り返った。

 同カンファレンスは、日本サッカー協会(JFA)が各地の指導者らを集めて定期的に開いている。岡田前監督は、日本代表のミーティング風景など貴重な映像を交えながら約3時間、指導法などを語った。

 W杯直前の強化試合で連敗したものの「(メディアなどが)たたいてくれたおかげで選手たちが集中し、無心になってくれた」と、焦りはなかったことを強調した。さらに、好結果を生み出す転機となったのは、コートジボワールとの試合後に行った控え組中心の練習試合だったことも明かした。「(それまで)中盤の動きだけ納得していなかったが、アンカーとか関係なく、5人を横一直線に並べたらフィットした。最後のピースが埋まり、(W杯初戦の)カメルーン戦は絶対いい試合ができると思った」と手応えをつかんだという。

 また、カンファレンスの冒頭では、6日にあったアジア・サッカー連盟選出の国際サッカー連盟(FIFA)理事選で落選した田嶋幸三・JFA副会長兼専務理事があいさつ。「残念ながら敗れたが、実績を重ね、また次に臨みたい」と話した。【大村健一】

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監督:岡田武史
連盟:AFC
FIFAランキング(4月10日時点):45位
W杯出場歴:3回(1998、2002、2006)


バックグラウンド

1997年、日本は初めてW杯予選を突破した。2002年にはホスト国として決勝トーナメント進出を果たした。「ドーハの悲劇」を経験したのは1992年。最終予選のイラク戦でロスタイムにまさかの同点ゴールを許し、ほぼ手中にしていたW杯チケットが消えた。Jリーグのスタートとともに、この事件が日本サッカーに火を着けた。


どのように予選を突破したか


最終予選の組み合わせを見て、予選突破は難しくないと見られていた。難敵はオーストラリアしかいなかったのだ。確かに予選は突破したが、結局オーストラリアに勝つことはできなかった。


ストロングポイント

これまでのW杯同様、強みは中盤にある。かつては中田英寿や小野伸二がいた中盤に、今は中村俊輔や遠藤保仁、台頭著しい本田圭佑らがそろう。技術と正確性、献身が光る。


ウィークポイント

前線の力強さに欠ける。また、フィジカルの強い相手を苦手としている。これまでもアフリカ勢には苦しんできた。


監督

岡田武史監督にとっては2度目のW杯となる。1997年には、最終予選途中に突然チームを預けられたが、何とかW杯行きのミッションを達成。しかし翌年のフランス大会では、悔しい思いをした。


スター選手

中村俊輔(横浜F・マリノス)
日本代表の背番号10。素晴らしい技術とサッカー脳を持ち合わせる。左足でプレーを組み立て、プレースキックを沈める。今季、電撃的に日本復帰した。日本代表の鍵を握る。

中澤佑二(横浜F・マリノス)
練習生からプロ生活を始めたDFは、日本代表のキャプテンを任されるまでに上り詰めた。「ボンバーヘッド」の名のとおり、空中戦には自信を持つ。だがそれ以上に、ポジショニングや1対1の強さが光る。ヘッドの強さは、セットプレーの攻めにも生きる。

本田圭佑(CSKAモスクワ)
台頭著しいMF。言動、ゴールを第一に考えるプレーと、ともに一直線。わが道を自信にあふれる様子で突き進む。いわゆる「ブレ球」FKなど、強烈な左足を誇る。どこまでも成り上がるつもりだ。


サッカーにおける最高の瞬間

1997年のW杯アジア予選プレーオフ、イラン戦。延長に入り岡野雅行が決勝点を叩き込み、初のW杯切符を勝ち取った。「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれる一戦だ。


ピッチ外

こうなりそう:世界中のサッカーファンが楽しむテレビゲームは、「メイド・イン・ジャパン」。ゲームでのシュミレーションに余念がないだろう。


W杯での目標

岡田監督はベスト4入りを掲げている。だがこの発言にはファン、メディアとも冷たい視線を投げかける。グループリーグ突破が本当の目標だろう。

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