May 28, 2011

高校のように楽しかった自動車教習所

私は高等学校を卒業してすぐに自動車教習所に入所しました。もちろん、レッスン中に学科実技には非常に大変だったが、同時期に地域の同級生が多く入所しているため、授業の待機時間や昼食時間などは、おしゃべりなどで時間をなくし、まるで高校の延長のように楽しい時間を過ごすことができた。可能であれば、再びそのような状況で、教習所に行きたいと思うほどです。
運転可能な若いうちに取得したいものですね。人生の転機はいつ起こるかわからないからです。合宿免許に向かう前の心構えも必要になって来るのです。合宿免許は短期集中型の講座が多いです。プログラムなどを理解すると、後で楽になると思います。免許取得は、すべての力が必要なのかもしれません。
 甲子園で春夏通算4度優勝した箕島高(和歌山)の元監督で、6日にぼうこう移行上皮がんのため死去した尾藤公さん(享年68歳)の通夜が8日、和歌山・有田市内の「フューネラル有浄会館」でしめやかに営まれた。同校OBで野球評論家の東尾修氏(60)、79年夏に延長18回の激闘を演じた星稜高(石川)・山下智茂総監督(66)ら高校野球関係者や教え子約1800人が「名将」との別れを惜しんだ。

 遺影にはバットを手にほほえむ「尾藤スマイル」が浮かんでいた。戒名は「顕球院釋公道」。尾藤さんが生涯をかけて情熱を注いだ野球の「球」の字がつけられた。68年センバツ初出場時のエースだった東尾氏は目にいっぱい涙を浮かべ「いつかは覚悟しないとと思っていたが…」と嗚咽(おえつ)。「一番の思い出は今日、今です」と声を詰まらせた。

 79年夏の星稜との伝説の一戦のVTRは、式場内で繰り返し流された。1点リードの延長16回2死からフライを捕れず、直後の本塁打で同点とされた星稜の元一塁手・加藤直樹さん(49)も参列。今年は病院への見舞いを約束していたと言い、「ずっと僕のことを気にかけて頂き、申し訳ない気持ちのときもあった。本当に残念です」と、敵将だった尾藤さんとの交流を涙ながらに振り返った。葬儀・告別式は9日の正午から同所で営まれる。

 島本講平氏(70年センバツ初優勝時のエース。元南海外野手)「怒られた記憶はないんですが、私もいろいろと迷惑をかけた一人です。今はゆっくりしてください、と声をかけました」

 山下智茂氏(星稜高総監督)「(延長18回の)昭和54年も最高の試合だけど、去年の(9月に箕島OBと星稜OBが再戦した)ゲームも神様が作ってくれた試合。一番の思い出はやっぱり(若手指導者を育成する)甲子園塾」

 渡辺元智氏(横浜高監督)「最初の出会いは80年夏(準々決勝で対戦し横浜勝ち)。野球談義が好きで、お酒を飲んでよく話しました。いい思い出ばかり。本当にお世話になりました。残念で残念でなりません」

 

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 ロッテの西村徳文監督(51)が8日、開幕1軍生き残りを目指すドラフト1位新人・伊志嶺翔大外野手(22)=東海大=に“一発回答”を求めた。京都府内のグラウンドで全体練習したこの日、「もうちょっと打席に立たせてあげたいが、ほかの選手も使わないといけない。チャンスは少なくなる」と残るオープン戦10試合で、わずかなスタメン出場で結果を残すノルマを課した。

 外野はサブロー、大松のレギュラー陣に加えて、清田、岡田ら成長株との争いが激化。ここまでのオープン戦5試合は9打数2安打で、十分にアピールしきれていない状況だ。指揮官は「どこかでスタメンに使う」として、1、2試合程度の先発でしっかりアピールしなければならない。

 春季キャンプ初日から唯一、新人で1軍に帯同し続けている伊志嶺。期待をバネにして、「生き残りをかけて残りの期間を大切にしていきたい」としがみつく覚悟だ。

 

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 ◆オープン戦 広島3─6楽天(8日・マツダスタジアム) 迷いはなかった。2回1死、岩村はジオの初球直球を思い切り振り抜いた。「対戦したことのないピッチャーの初球を狙うというのはどれだけ勇気がいるものか。でもそれが出来たことは良かった」。オープン戦5試合目の10打席目で初安打となる打球が、一、二塁間を切り裂いた。

 焦りもなかった。2四球を選んではいたが、この試合まで7打数無安打。「(メジャーで)40打席ノーヒットを経験しているから7の0くらいクソみたいなもの」と笑い飛ばした。4回は無死二塁から左中間二塁打。「求めるものというか、バロメーターは2打席目のヒットだよね」と持ち味である逆方向への強い打球を放ち、初打点も挙げた。

 上位打順でヒットを意識したメジャーとは違い、今季の楽天で求められるものは長打に変わった。キャンプではグリップの位置を約20センチ上げて飛距離アップを目指したが、いつしか自分の打撃を見失った。背中を押してくれたのは闘将の助言だった。

 「(上体が)突っ込みすぎじゃないか。でも経験があるから大丈夫」と声をかけられた。「言われてうれしかったし、結果を出さないと、という責任感もあった」。キャンプ最終日の2月19日にグリップの位置を元に戻して原点回帰。今もより良いフォームを模索している。

 もう1人の恩師からも大切なことを教わった。6日に死去した元箕島高監督の尾藤公氏だ。1996年春、全日本高校選抜の監督として、宇和島東高で甲子園に出たこともなかった岩村を代表チームへ選び、さらにAAA大会(フィリピン)では4番に抜てきしてくれた。「あれがなかったら、今の自分はない」。あの時手に入れた揺るがぬ自信と誇りを胸に、再び日本で己の力を示す。

 

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